課長への手紙

休職日記(休職の心得)

20XX年〇月△日(休職から100日目)

営業課長が定年を迎える。
僕は人事部長に頼んで、手紙を渡すことにした。

営業課長は僕が休職した原因の一人でもある。
「俺には出来ない」が口癖で仕事を断る人だった。
その仕事はだいたい僕に流れてきた。
実質二人分の仕事だ。
しかも課長の仕事だ。権限のない僕には荷が重い。
課長のミスでトラブルになった時も、なぜか僕が対処させられてきた。

正直、思い出すと辛い記憶がたくさんある。
それでも、手紙を書こうと思い立った。

懐かしい記憶。

ある日、お風呂に入っている時に、
ふと思い出した。

「あの時も大変だったな~」

主治医から考えないように言われているが、たまに仕事を思い出す。
休職に至った仕事以外にも、大変だったことはたくさんあった。
新人時代も、お客様に全く相手にされず苦戦を強いられた。
でも最後はそのお客様から悩みを相談されるようになり、
別れを惜しまれるまで親睦を深めることができたっけ。
辛かったが、今では良い思い出だ。
そういえば、なぜ親睦を深められたんだっけ?

「〇〇をやってみればいいんじゃないか?」

そうだった。
あの時、藁にも縋る思いで多くの人に相談してたら、
当時別部署にいた課長がアドバイスをくれたんだった。

あのアドバイス通りにやってみたら、一気に風向きが変わったんだよな。

かなり昔のことなのに、なぜか急に思い出した。

神様の思し召し

なぜ今思い出したんだろう?
きっと神様からのメッセージなんだろうな

先輩には辛い記憶の方が多い。
休職して苦しい今、
「どうしてくれるんだ!」
と文句を言いたい気持ちもある。

でも100%辛いことだけだったろうか?
たしかに振り返ると辛いことばかりだ。
でも、アドバイスで助かったこともある。
励ましてもらったこともある。
100%悪意ではなかったはずだ。

定年は人生の区切りだ。
数十年続いた会社員生活が終わる。
少なからず思い入れもあるはずだ。
そんな時に感謝の言葉もないのは、流石に悲しい。
せめて第二の人生が豊かで幸せでありますように。

僕は感謝を綴ることにした。

今日の気づき

課長には確かに恨みはある。
主治医やカウンセラーからもお客様や上司、会社からの仕打ちに同情された。

でも、良い思い出もゼロではない。
課長に助けられたこと、元気づけられたことも、たしかにあったんだ。

課長に恨みを綴れば幸せになれるのだろうか?
そんなことはないと思う。
僕の休職という事実は変わらない。
言ったところで何も良い変化は望めない。

では課長に感謝を綴ればどうだろう?
少なくとも悪く思う人はいないはずだ。
課長や、課長の家族。
もしかしたら幸せに感じてくれる人がいるかもしれない。
もし無意味だったとしても、
僕の失うものは時間と紙代くらいだ。
こんなにローリスク・ハイリターンなことはあるだろうか!?

何事も、行動することに意味があると思う。
誰かひとりでも幸せにできる可能性があるのなら、
犠牲が殆どないのなら、
やらない理由が見つからない。
僕は勝手にそう学べた気がする。

課長、手紙喜んでくれるといいな。

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