20XX年〇月△日(休職する2日前)
先週の心療内科受診で診断書が出た。
それを産業医に提出するや否や、驚くほど迅速に休職することで話がまとまった。
人事部長からはお叱りの電話があった。
経過観察だって言っていたよね?
話が違うじゃないか。
今回の診察で終了だったり、入院だったりって話ではなかった。
引き続き診察していきましょうって言われた。
だから経過観察って言ったんだ。
診断書の効力がここまで絶大だとは知らなかったんだ。
わざわざ電話を下さり、お説教を受けるとは思わなかった。
一方、あくまで又聞きだが、営業部長は休職に反対していたらしい。
あいつが休んだら、誰が仕事をするんだ!
あいつしか出来ない仕事があるんだぞ!
産業医にそう反論したらしい。
しかし万が一のことがあった際に責任取れるのかって言われ、黙るしか無かったようだ。
最後の条件として、引継ぎする猶予をくれってことだけ承諾されたらしい。
しかし、引継ぎ会議はなかなか進まなかった。
いざ会議が始まっても部長は何も話さない。
黙ったままだ。
こちらは不眠症もあり頭が働かない。
このまま引継ぎ会議をズルズル延ばし、休職開始日を延期させる気なのだろう。
その他にも約束と違うところがあり、絶望した。
話と違う引継ぎ相手
引継ぎ会議は診断書を貰った約1週間後に設定された。
予定メンバーは僕と営業部長のみ。
「メンバーにこれ以上の負荷は掛けられない」という僕の要求を会社側が飲んでくれたようだ。
営業部長の予定が埋まっており、1週間も先に延ばされてしまった。
しかし当日、会議室に行くと営業エースが座っていた。
営業課で今一番忙しい人だ。
営業部長から話は聞いた。
一緒に会議に出てくれって指示された。
愕然とした。
すでにこの時点で営業部長は、いや会社は約束を反故しようとしているのだ。
この会社はたった1つの約束すら守れないのか。
しかし会議はもう始まる。どうしようもなかった。
続いて営業部長と営業課長が入ってくる。
結局、会議メンバーは4名となった。
黙り続ける幹部職
いざ会議が始まった。
・・・が、営業部長も営業課長も何も言わない。
黙り続けたままだ。
自ら動き始める気配が一向に感じられない。
あの、私次の会議もあるので、営業部長初めて貰っていいですか?
口火を切ったのはエースだった。
至極もっともな意見だったが、営業部長の返答に唖然とした。
だって俺、どうすればいいか分からんし。
営業部長は引継ぎを放棄していた。
恐らくこの会議を頑張っても仕事が増えるだけだから、いっそのこと何もしないことを努力しているのだろう。
じゃあ私が議事進行しますね。
サトウサンは今抱えている仕事を言ってくれればいいから。
議事録も私が書くし、あとのことはこっちに任せて。
もうどっちが幹部職だから分かりはしない。
エースがそう言うと、「まずはA案件から…」と促してくれ、議事進行に従って話していった。
その間、営業部長も営業課長も黙ったままだ。
一番マズいのはC案件ですね。
これはサトウサン以外に出来る人がいない。
色々問題がありますが、まずそれぞれ誰が引き継ぐんですか?
エースが僕の雑多な言葉をキレイに纏めてくれる。
さすがはエースといったところだ。
質問を向けられた営業部長が重い口を開く。
A案件は俺が引き継ぐ。
それ以外は営業課長が引き継ぐことになっている。
すると石像のようだった課長が間髪入れず語気を強めて言った。
昨日サトウサンからは個別に話を聞いていたけど。
そんな難しい仕事、俺にはできねぇよ!
俺には無理だよ!
その後、どのくらいの時間が経っただろう。
誰一人話さない。
「キーン」という沈黙の音だけが聞こえる気がした。
以前に営業課長がお酒の席で自信満々に言っていたことを思い出す。
商談や会議ではな、いかに黙り続けられるかが重要なんだ。
話し始めた奴が負けなんだ。
根競べだよ。
俺はどんなことがあっても黙り続けられる自信がある。
営業部長もその手を採用したようだ。
口火を切ってしまったのはエースだ。
あと、サトウサンのメールが誰も見れなくなってしまったら本当にマズいです。
会社の信用を失いかねない。
だからサトウサンのメールを他の人も見れるようにしないといけないと思います。
すると営業部長が久しぶりに口をひらいた。
俺ら、メールなんて見れねぇよ
まさかの否定の言葉だった。
エースは次の会議まで時間がないらしく慌てていた。
じゃあいいです。
私と部長と課長の3人でメール見ましょう。
部長と課長が手回らないんでしたら、私に指示してください。
そのあと、私からメンバーに振りますので。
サトウサン、悪いけどメールの転送設定だけお願いしていいかな?
あとのことは気にしないで。
すべてこっちで何とかするから。
涙が出そうだった。
エースの献身的な対応に。
営業部長と営業課長の杜撰な対応に。
どっちが幹部職なんだ。
これで黙り続けた二人の方が報酬も権限も高いなんて。
資本主義社会の理不尽さを強く感じた。
トイレ休憩での絶望
エースが次の会議で離席した。
営業部長からは小休憩の提案があった。
僕はトイレに行くことに。
この後の会議、エース不在で引継ぎなんて進むんだろうか・・・?
そう考え事をしていると、営業課長が入ってきた。
他には誰もいない。
密室となった空間で、課長が僕に言ってきた。
何かあった時に備えて、
お前のプライベート携帯の電話番号教えろ。
・・・は?
どういうこと?
最初言っている意味が分からなかった。
「何かあった時」の「何か」って何を指してるの?
あなたが困った時のこと?
この人、過労で療養している人に仕事の電話をするつもり?
まさかの要求に絶望した。
今すぐ教えろと迫られたが、そんなの教えられるわけがない。
それじゃあ休職する意味がないではないか。
いま私用スマホ持っていないので、後ででいいですか?
そう言ってそそくさと逃げ出した。
そして会議室に戻り、営業部長に嘆願した。
今トイレで課長にプライベート携帯の電話番号教えろって言われたんですが、
教えなきゃいけないですか?
これでダメなら、産業医か人事部に嘆願するしかない。
なんでここまで来て防衛しなければならないんだろう。
会議再開の開口一番に営業部長から課長に話が合った。
課長、サトウサンにプライベートの携帯番号を聞いたみたいですけど、
それはやめましょう。
私たちだけで何とかしましょう。
幸いにもこの件は営業部長が止めてくれた。
しかし引継ぎ会議は案の定進まない。
そして営業部長から言われた。
サトウサン、悪いけど明後日出社してくれないか?
サトウサンも分かってると思うけど、引継ぎ進まなかったでしょ?
明日と明後日の午前中は休んでいい。
明後日の午後、引継ぎ会議の続きをしてくれないか?
結局こうなるのか。
渋々承諾した。
思った以上に疲れため息を吐きながら、会議室を後にした。
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