20XX年〇月△日(休職から330日目)
僕は自分のことを責め過ぎる傾向がある。
漠然と自覚していたが、思った以上に一般より異常に症状が重いらしい。
他の人なら気にしないだろうちょっとした軽口で、
「お前なんか死んでしまえ」と昼夜問わず長時間自分を責め続けてしまう。
いや、長時間どころか、何日間ということもある。
それが僕の休職した要因の1つであり、悩みでもあった。
何て生きづらいのだろう。
きっと僕は前世でよほど極悪な所業をして、その罰が今来ているに違いない。
そのくらい苦しく、自分はダメだと思っていた。
でも、リワークデイケアの職員さんに違う視点で助言を貰った。
それで凄く救われた気がする。
本当にリワークデイケアの皆さんには感謝。
その一番のポイントが、
「気に掛けることが自分のできること」。
すべてを自分でなんとかしようと思わなくていい。
まず気にかけること、それが僕のできること。
それでいいんだ。
フォローできず落ち込む

デイケア内でなんとなく全体を見渡すと、何人か元気がなさそうに見える。
デイケアは精神疾患と診断された人が来る場所。
だから、元気がなさそうな人がいるのは当然かもしれない。
でも、何か出来ないかなと思ってしまった。
タイミングが合えば話しかける。
でも、やはり元気がないのか、反応はいまいち。
このまま話しかけるのがベターなのか。
それともただそばにいるのがいいのか。
うまく考えが整理できず判断できない。
結局うまくコミュニケーション取れず、
「なんて自分はダメなやつなんだ」
と自分を責め続けてしまった。
そのツラさは素晴らしい点でもある

すると職員さんがこの悩みに対し助言をくれた。
周囲の人に気を配れるっていうのは良いことですよね。
その分、何かしなければと自分を責めてしまうんでしょうね。
そうか、自分はダメだと責めていたけど、
気付くことができなかったら自分を責めることすらなかったんだ。
だから、こうやって自分を責めているのは、
見方を変えれば周囲に気を配れるって長所ともいえるんだなぁ。
自分のチカラの及ぶ範囲を見極めることがいいんじゃないかな?
全てを自分が何とかしようとするんじゃなく、
できるところまででいいと思っていいと思いますよ。
そうか、気にすることまではできた。
これからも気に掛けるところまでが自分のチカラが及ぶ範囲だ。
そう思うことが自分にも周りにもやさしいのかもしれない。
そうやっていくうちに、もしかしたら、今までの自分にはできなかったことが、
気付けば今はできるようになっているのかもしれない。
自分を責めて蔑んできたけど、そうやって責めている過程を経た自分を褒めてあげよう。
そして、今自分が無理なくできることまで出来ればいい。
そのくらい気軽でもいいのかもしれない。
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