20XX年〇月△日(休職から131日目)
今日は会社を辞めた先輩と食事。
前回会ってから実に3~4か月も経過してしまった。
少し人に会うのが怖くなっていたのかもしれない。
3~4か月前にお会いしてから大きな変化があった。
当時は残り2ヶ月で復職だった。
それが検討していたリワークデイケア施設のインテーク面接で不合格通知となり、
それが理由で復職が無期延期となった。
気持ちの整理がなかなかできず、信頼する先輩に連絡するのも出来なかった。
でも、今回少し勇気を出してお会いすることに。
休職という僕にとって大きな挫折の1つ。
しかも精神疾患というココロが藻掻き苦しむ時期と経験を得たからこそ、
ココロが素直に求めるモノが見えてくる。
こういう時に真っ直ぐ「会いたい」と思える間柄こそが、
利害関係なく、本当に大切な良好な関係性なのだろう。
こういう関係性を真に大切にし続けたい。
極論で言えば、他の関係性は切れてもいい。
こういう関係性だけに意識を向けるだけで、人生幸せになれるかもしれない。
時間が経つほど人に会いにくくなる
そういえば、ここ最近、人に会うのが億劫になってきている。
そんな気がする。
休職したばかりの頃は、みんなに心配されながら、僕自身は人に会うのが全然平気だった。
人事部長とも月1回面談したし、在職中の先輩にも2ヶ月前お会いした。
何より必要だと思う会社の仲間たちやお客様にはたまに連絡するようにしていた。
しかし、リワークデイケア施設で不合格通知が出た時、
理由は軽躁病と言われた。
診断書の病名が新たに追加されることは無かったが、
その影響で残り約1ヶ月後の復職は中止。
休職期間は無期延期となった。
その瞬間、もう元には戻れないんだという現実を突きつけられた。
既に約束していた予定は遂行したが、会う人会う人、
どんどん見えている世界や価値観がズレてきていることを実感。
会うのが億劫になってくる。
先日、カウンセラーに言われたことを思い出す。
サトウサンは例えるなら、
トラックに2台連続で轢かれて重体なのに、
駆け付けた救急隊に、
「自分はいいから、運転手を責めないで上げて下さい」
と訴えているような状態です。
自分がいかに大怪我をしているのか気付いていない。
もっと自分を大切にしてください。
そうか、最初の3ヶ月間くらいは、自分が大怪我していることに気付いていなかったんだな。
それがリワークデイケア施設の不合格。
軽躁病という新たな告知。
そうやって初めて気付いたのかもしれない。
あ。自分は大怪我しているんだ。
痛い。辛い。しんどい。
良好な関係は辛くない
会社を辞めた先輩と3~4か月ぶりに再会。
これまでの経緯を聞いて貰った。
先輩自身が大変な状況なのに、何も意見を差し込まず、黙々と頷きながら聞き続けてくれる。
無言なのに優しさと思いやりを感じた。
サトウサンには悪いかもだけど、
正直僕は安心した。
あの会社に戻って大丈夫かなって。
また辛い思いをするんじゃないかなって。
いいんだよ。
もっとゆっくり休もう。
先輩自身が僕が今経験している事の先人だ。
だからこそ、先輩の助言一つ一つが心に響く。
経験者の言葉は重みがある。
それに不思議だったのは、ずっと一緒に居ても辛い時が無いことだ。
他にも多くの人々にお会いし、みんな「もっとゆっくり休みなよ」と言ってくれた。
でも、殆どの場合は「もっとゆっくり休みなよ」と言われた暫く後、
それが辛く感じてくる。
先輩の助言も同じような内容のはずなのに、その辛さが全くない。
それはきっと、一方的な優しさの押し付けではなく、
自分が疲れ傷付くリスクを負いながら相手の気持ちに立って考え抜いて、
言葉を紡いでくれているからなのだろう。
そうか、今まで多くの出会いがあったけど、
こういう自分が一緒にいても辛くない、むしろ幸せと感じられるご縁だけ大切にすればいいんだ。
そんなご縁は数千数万とある出会いの中でも、片手両手で数えられるほどしかない。
でも、その片手両手のご縁だけで幸せになれる。
それでいいんだ。
先輩との出会いに感謝。
もう一度会おうと勇気を出した自分を褒めよう。
そして、これからも先輩とのご縁を大切にしていこう。
現場から離れたからこそ、気付けた大切なこと。
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