生き地獄みたいだ

休職日記(休職の心得)

20XX年〇月△日(休職から348日目)

休職して11ヶ月以上が経過した。
メンタルダウンし、3ヶ月休んで復職を目指してたら再びドクターストップ。
9ヶ月近く「先のことは考えず安静に過ごして下さい」と言われ、
今現在はリワークデイケアという復職のためのリハビリをしている。

ここまで見ると、少しずつだが順調に回復してきているのかなと思える。
でも、そんなキレイゴトではない。
そんな順風満帆とはいかない。
あと1~2ヶ月でリハビリを終えるこのタイミングになっても、
ツライものはツライ。
今でも聞こえてくる。

(お前なんか死んだ方が良い)
(生きてる価値なんて無い)

これはずっと変わらない。
毎日じゃないから余計ツライ。
調子のよい時は聞こえないが、落ち込んだり自分を責めるタイミングで聞こえてくる。

以前との違いとしては、その声の『主』をより具体的に認知できたこと。
今までは無意識に捉えていて、声の『主』のことなんて考えていなかった。
休職してカウンセリングやデイケアなどの経験のなかで、
声の『主』は【理想の自分】で、
【理想の自分】は姿形が見えず、黒く暗い霧の上空から僕を責め続けていることが分かった。

そんなにツライならいっそのこと死ねばいいのではないか?
そう考えたことも何度もある。
でも、その選択肢は選べなかった。
死ぬのは怖い。
それに死んだら【理想の自分】が唾を吐き捨てるだろう。
まさに生き地獄だ。

生きててツライのに、死ぬことはできない。
生き地獄だ。
そんな生き地獄のなかで、生きる意味と道を探し続けていくんだろう。

なぜ生きててツライのか?

リワークデイケアのなかで嫌な思いをした。
本当に誰にでも一度は経験があるだろう些細なこと。
きっと詳細を聞いたら誰もが「そんなことで?」と呆れてしまうだろう。
それくらいの些事。

「なんで気が利かないの?」
誰かにそんな感じのことを言われただけ。
それだけ。
でも、僕にはそれがショックだった。
これが精神疾患ってことなのだろうか?

僕の理想は「人に優しくすること」・「他人の幸せのために頑張ること」。
だから、「なんで気が利かないの?」と言われた瞬間に、
理想の自分が責め続ける。

全然人にやさしくない。
むしろ嫌な思いをさせているではないか。
お前なんて最低だ。
人間の屑。ダメ人間。
お前が生きている分、世界には食料が無く苦しんでいる人がいるんだぞ。
その責任をお前は全然果たしていない。
死ね!お前なんか今すぐ死んでしまえ!

その後も細々とした不運が続く。
ココロをケアするタイミングが掴めない。
「なんでまだ息してるの?」と責める声が止むことはない。

僕は自分から誰かを意図的に傷つけたことは長年無い。
それは自信を持って言える。
もしそれができたらどれだけ楽な人生だったか。
そもそも怒り方が分からない。
尊厳を虐げられる事案があっても、怒る前に反射的に身を引いてしまう。

でも、人には感情があり、欲望がある。
その人が何を求めているか、100%理解し答え続けるなんて不可能だ。
だから何気ない動作や言動で、相手から牙を向けられることがある。
その度に理想の自分から責め苦を受け続ける。
耐えられない。
これが死ぬまで続くと思うと、生きるのって辛いなって思う。

なぜ死ぬのがツライのか?

死ぬときには苦しみがある。
それにもし死にきれず九死に一生を得てしまった場合、
その後の境遇もツライものがある。
もしかしたら麻痺などが残り健康を失うかもしれない。

では苦しまず100%死ねるとしたら?
それでも僕は死ぬことはできないだろう。

両親は恐らく悲しむだろう。
有難いことに親子仲は良いと思う。
だからこそより一層、両親に深いココロの傷を残すことになると思う。
僕を育てるまでに、どれだけの時間と労力とお金を費やしたことだろう。
その結末が不幸に感じさせてしまうなんて、本当に申し訳ない。

リワークデイケアの職員さんやカウンセラーも凄く良くしてくれている。
僕の話を一生懸命聞いてくれ、受け止めながら、僕のことを思い言葉を紡いでくれる。
ココロも有限だと思う。
いったいどれだけの時間とココロを削ってくれたのだろう。
そんなやさしい人々なのに、僕が死んだら、きっと自責の念を感じるだろう。
僕が今苦しんでいることを、そのままやさしい人々に背負わせることになる。

僕が死ぬと、心優しい誰かが苦しむ可能性がある。
「人にやさしくする」
その僕の理想と真逆なことをすることになる。
理想の僕は、死んだ僕を蔑み、見下し、唾を吐き捨てるだろう。

だから死ぬことは許されない。
感覚でいえば、生きて罪を償うしかない。
そもそも何の罪か分からないが。
だから、死ぬのもツライと思ってしまう。

死は最後のご褒美

今の僕に言えること。
それは「死ぬのは最後の手段」と思おう。
どうしても生きるのが辛かったら、最終手段で死ぬことが残っている。
そう思うと救いがあるような気がする。

ツラくても生きて生きて。
地べたを這いつくばろうが、泥水を啜ろうが、罵詈雑言に圧し潰されようが、
理想の自分を目指して、一日一日を精一杯生きよう。
それでもどうしてもダメだったら、お手上げで死ねばいい。
今の僕には生き地獄に感じる現実を、精一杯生きてみよう。

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