20XX年〇月△日(休職から235日目)
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日課の実家への電話で親から薦められた本がある。
「土光さんは素晴らしい経営者だった。その本を読みなさい。」
土光さんとは、土光敏夫さんのことだ。
元東芝社長で、「ミスター合理化」,「メザシの土光さん」などの異名を持つ。
ちなみに「メザシの土光さん」という異名は、
名経営者でありながら、質素倹約な生活を徹底していたためだ。
生活費以外の多額の収入は寄付していたらしい。
まさしく僕が自己理念に掲げている「知足利他」を実行されてきた方。
だからこそ親は薦めてくれたのだろう。
読んでみると、約半世紀前の語録なのに、今にも通じる名言が数多くある。
いや、今だからこそより輝く名言がしたためられている。
今回はそんな中でも特に僕が感銘を受けた言葉を記していきたいと思う。
『問題』とはなにか?

経営の行動指針―土光語録
本書では『問題』について明快に説明されている。
『問題』とは、現状に囚われずに
引用元:経営の行動指針―土光語録
【あるべき姿】をありありと頭に描いたとき、
「いまの姿」の中に見出す不足部分を指すのである。
『問題』はあるべき姿を求めて、
日々真剣に自己の任務を掘り下げ追求し続ける意欲ある人の目にのみ、
その真姿を現すのである。
これを見た時に、『問題』とは本来前向きのモノであると認識し直した。
そして『問題』とは複雑怪奇で難しい面だけでなく、
本来はシンプルな一面を持ち合わせていると理解した。
僕自身の【あるべき姿】は’’知足利他’’。
ただ知足を追求したいが、不足はダメ。
不足にならないために必要なもの。
「心身の健康的な生活」
「ゆとりある安定した生活」
「隣人を愛する」
これが「いまの姿」と一致するように、日々一所懸命に生きていきたいと思う。
『計画』とはなにか?

経営の行動指針―土光語録
本書では『計画』について明快に説明されている。
『計画』とは将来への意思である。
引用元:経営の行動指針―土光語録
将来の意思とは、現在から飛躍し、無理があり、実現不可能に見えるものでなくてはならない。
艱難を自らに課し続ける人間のみが、
普段の人間的成長を遂げる。
計画とは結局、自分のモノであり、自分のためにある。
つまり、『計画』とは夢の延長線上であり、
【あるべき姿】の延長線上にあるものなのではないだろうか?
その『計画』の先に、
夢に、【あるべき姿】に一歩近づいたという褒美と達成感が必要なんだと思う。
さらにはこんな説明もある。
『計画』とは、実施の拠り所になり、
引用元:経営の行動指針―土光語録
実施のムダ・ムラ・ムリを正し、
実施のコストを節約するためのものだ。
実施の仕事の大部分が部下の手に委ねられることを思えば、
計画の仕事の大元は、いやでも管理者の許に残る。
休職する前。
営業部長は営業の次年度の計画と戦略立案を僕と営業部エースに指示した。
上記の説明をもとに考えれば、幹部職の仕事すら部下に押し付けたのだ。
もちろん、実施は僕らに残ったままだ。
計画も実施も両方担わなければならない。
そりゃ潰れても仕方なくないだろうか?
部下とはなにか?

経営の行動指針―土光語録
本書で最も感銘を受けた内容。
本書では『部下』についてこんな説明をしている。
部下は会社からの借り物にすぎない。
引用元:経営の行動指針―土光語録
だからあまり借りない方が良い。
また借りたものは、できるだけ早く返すべきだ。
たしかにそうである。
部下とはあくまで会社の一員だ。
会社に雇われている。
決して上司に雇われているのではない。
それなのに、部長や課長はなぜ部下を自分のモノと勘違いしているのだろう。
デキる部下は囲いたがる。
そして自分の都合の良いように使い捨てて良いと思っている節がある。
まるで自分が出世するための道具だとでも思っているのだろうか?
部下は所有物ではない、借り物である。
そういう謙虚さを持たないと、勘違いをして大きな過ちを犯してしまうのだと思う。
自戒したい。
人の価値とはなにか?

経営の行動指針―土光語録
人の価値について、本書では面白い表現をしている。
肩書は、たしかに人間の時価を指し示しているかもしれない。
引用元:経営の行動指針―土光語録
でも、時価は必ずしも真価ではない。
人間の真価は結局、自分で自分を磨く以外にないはずだ。
自ら納得できる生き方をしたかどうかである。
そうだとすれば、自分の値打ちは自分で評価するよりほかない。
評価のものさしは、あくまで目標と成果である。
自分が決めた目標と、自分がやり遂げた成果を比べてみるだけでいい。
そのような自立の精神によってこそ、真の悦びと自信を自分のものとすることができよう。
時価と真価という表現が凄くしっくりきた。
僕らはなぜ他人と比べたがるのだろう。
なぜ他人と比べ、自らを卑下してしまうのだろう。
たしかに肩書は分かりやすい。
そこで他者と比較して、優劣を議論し合うことはあると思う。
でも、肩書はいつか外れる。
だから時価なのだ。
期間限定の価値なのだ。
期間が終われば、本来の真実の価値になる。
それが真価。
それは精進して磨いていくしかない。
だから、自分のものさしで評価し、よりよく幸せになれているか。
それが大事なんだと思う。
これからはそんな生き方をしていきたい。
そんなことを学ばせてくれた名著。

経営の行動指針―土光語録
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