ほんの少し寄りかかれる場所があれば

休職日記(休職の心得)

20XX年〇月△日(休職から359日目)

リワークデイケアに通い約3ヶ月が経つ。
これまで多くの人に出会った。
それぞれが事情を抱え、ココロが傷付くことがあり、いまここにいる。
行くたびに多くのココロに触れ、いつも考えさせられる。

なかには壮絶な過去を持つ方もいる。
ドラマにしかないと思っていた、まるで創作のようなストーリーは現実に存在した。
それは誰に起きてもおかしくない。
たまたま生まれ落ちた環境が当たってしまっただけ。
誰に起きてもおかしくない。

そんな経緯で今日に至るまで、ほんの少し寄りかかれる場所が一瞬でもあれば、
誰かが少し気まぐれでも話を傾聴する機会があれば、結末は全然違っていたのに。

誰もが自分が生き残るだけで精一杯だ。
人類が誕生して長い年月が経ち、着実に豊かになっている。
食うに困るということは少なくなった。
それでも、どこか毎日が殺伐としている。

でも、そんな毎日でも、その人なりに、少し余力を他人に向けることは出来ると思う。
ほんの数分、話を聞いてあげる。
ほんの数円、寄付をする。
ほんの一言、声を掛ける。
その人にとっては些細な優しさが、相手を救うこともある。

そんな些細な優しさを一人ひとりが出し合って、
社会全体に困った時に少し寄りかかれる居場所が増えていけば、
誰もが健康的で幸福になれる。
物資的豊かさが満たされつつある昨今。
次はココロの豊かさを追い求めるとき。

デイケアが特別な場所じゃなくなるように

僕は恵まれているのだろう。
今通っているデイケアは誰もが安心して過ごせる場所。
それは職員さん一人ひとりのやさしさと努力のおかげだと思う。
そして、仲間たちがお互いにココロの問題に真摯に向き合っているからだと思う。

僕が今のデイケアに巡り合えたのはいくつもの奇跡が積み重なっていると思う。
まず過労で倒れたこと。
主治医にリワークデイケアを薦められたこと。
いくつか見学したこと。
そのうちの1施設で面接と試験を受けて、不合格になったこと。
長く静養したこと。
他の施設をじっくり見学して、たまたま出会った担当者が心優しい方だったこと。

それだけの奇跡が重ならないと、今日のデイケアには出会えなかった。
そう考えると、僕からしたら、今日のデイケアはもの凄く特別な場所なんだと思っている。
でも、特別じゃダメなんだ。
会社とか、学校とか、住んでる地域とか、
一般社会のなかで、困った時に話せる居場所が、
誰もがしょっちゅう見かけるくらいに増えて広がっていかなきゃ。

誰一人、置き去りにされずすくい上げられる。
そんな社会を少しずつ目指したい。

個人でもできることはある

少し気になる人が居た。
そのまま素通りすると、もう会えなくなりそうで。
だから声を掛けることにした。
いや、声を掛けることは出来なかったから、
文字をかけることにした。

僕はデイケアが新たな居場所だと思っている。
デイケアで出会った一人ひとりが大切な居場所だと思っている。
困った時には、話せる居場所が沢山あるんだって思い出してほしい。

ただ相手にメッセージを伝えるだけ。
読み書きを教わってきた僕たちなら誰でもできること。
それだけで救われる人がいる。
目に見えないことが多いけど、実は隠れて幸せの輪は広がっている。
だから、手に負えない社会問題と思わないで。
一人ひとりの些細な心掛けが、きっと社会を変えていける。

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