あの時

休職日記(休職の心得)

20XX年〇月△日(休職する28日前)

この日のことを忘れることはないだろう。
毎日が崖っぷちだった。
最低限の生活が成り立つ範囲内で、全力を尽くした。
それでもダメだった。
お客様の求める満足度には至らなかった。

お客様が当社の社長に文句を言っている。
人格否定に聞こえるのは僕だけだろうか?
理不尽と思うのは僕が間違っているのだろうか?

今でも思う。
どうすれば良かったのだろう。
僕も「できない」と匙を投げれば良かったのだろうか?
他の人に仕事を押し付けて負担を減らせば良かったのだろうか?

多分、僕には出来ない。
そんな頭が良くて器用なら、苦労はしていない。

答えは未だに出ていない。

お客様の経緯

あの時より約2ヶ月前くらいだろうか。
僕がお客様を担当することになった。
4ヶ月間で僕は3人目だ。
前任の2人目は営業課長が担当していたが、急遽交代となった。

あの人じゃ仕事にならない。
今すぐ担当を変えて。

当社の社長に直接連絡したらしい。
このお客様とは大きなプロジェクトが進行していた。
プロジェクトの発起人は1人目の担当。
その担当は既に会社を辞めていた。

プロジェクトはいよいよ大詰めの大変な時期。
営業課長に引き継ぎで伺うと、「分からなければ俺に聞きに来い」で教えて貰えない。
実際に業務にあたってから具体的に分からないことを聞きに行った。

ん~、俺も分からん!

営業部で分かる人がもう誰もいなかった。
結局手探りで進めるしかなかった。
お客様の方が内容を理解している状況。
スタート直後から不利な立場だった。

それでも大きなプロジェクト成功に向け奮起していた。
でも、不安材料はこれだけじゃない。
他部署の部長にこっそり頼まれたことがある。

サトウサンでなんとか、取引を正常な状態に戻してくれ。

1人目の担当者がなぜ大きなプロジェクトを勝ち取れたのか?
もちろん本人の努力だ。
ほぼそのお客様だけを担当すれば良い環境だった。
そして、その努力は行き過ぎていた。
具体的なことは言えない。
でも、明らかに異常だった。

既にお客様より内容を理解していない不利な立場だった。
それに加えて、お客様との距離感を適度に離す必要があった。
お客様からしたら、不満しかない。
船出からすでに荒波に飲まれていた。

それは接待で起こった

お客様からの要求になかなか応えきれない日々が続いた。

この案件、納期は2~3時間後で頼むね。

そんな感じのメールが1日数十件くる。
他のお客様や業務がある中で最善を尽くしたが、僕の力では足りなかった。

あの時、社長と営業部長と僕、3名でお客様を接待することになっていた。
嫌な予感はしていた。
それはお酒が進んでから起こった。

私は1人目の担当が良かった!
あの人はちゃんと応えてくれた!
あの人と仕事がしたかった!
サトウサンなんて全然使えない!
レスポンス遅いし、あの人なら出来てた!

社長と営業部長に、僕がいかにダメな人間か訴えかけてきた。
期待に応えられなかったのは、申し訳なかった。
でも、どうしようもなかった。

営業部長はフォローしてくれた。
「今ウチでいちばん出来る奴を担当にしています。」
「他のお客様も担当してて実績もあります。」
有難かった。
するとお客様がおっしゃった。

そもそもなんでサトウサンは他のお客様も担当しているのよ。
ウチだけ担当してればいいの!

営業部長が頭を抱え始めた。
気まずいまま接待はその後も続いた。

今まで社長に同席頂いた商談や接待ではお客様と良好な関係にあった。
「サトウサンには本当にお世話になっていて」と感謝されることが多かった。
ここまで接待で社長と営業部長に迷惑をかけてしまったのは初めてだと思う。
いたたまれなかった。

結局、僕へのバッシングは1時間以上続いた。

ロビーで1時間待たされる

接待が終わり、一緒にホテルまで戻った。
全員、同じホテルに宿泊することになっている。

あぁ、やっと解放される。
もう、ゆっくり休もう。
そう思った矢先だった。

おい!社長とサトウサンはもう一軒行くからロビーで待ってろ!

もう日付を跨ごうとしていた。
社長は連日の激務でグロッキーに見える。
社長の部屋まで一緒に荷物を置きに行き、その後どうするか聞いた。
「よっしゃ、行こか」
ここらへんは営業のプロだなと感心した。

ロビーで待つ。
10分経っても降りてこない。
社長は隣で眠りの小五郎みたいになっていた。
予定を聞く限り、社長は朝5時には起きなきゃいけないはずだ。
このまま待たせるわけにはいかない。

社長、あとは僕が待ってますから自室にお戻りください。
お客様がいらっしゃったら電話しますから。

社長は目を閉じたまま「そうか?ほな頼むわ」と自室に戻っていった。
独りでロビーで待つ。

待っている間、色んなことが頭を巡った。
「何やってるんだろう。僕」
どうしてここまで侮辱され、それでもお客様のために尽くしているんだろう。
わけがわからなくて悲しくなった。

あ。でも理由は1つあるな。
さっき、接待前に社長に言われたわ。

これでプロジェクトが成功したら1人目の担当者の成果やな。
失敗したらサトウサンの責任やで。

そうだった。このプロジェクトに当事業の目標達成の命運がかかっているんだった。
みんなの頑張りが報われるかどうかが、このプロジェクトにかかっているんだ。
頑張らないと。

結局、1時間待ってもお客様は来なかった。

眠れない夜

気付いたら誰かに電話していた。
こんな夜中に電話するなんて、なんて迷惑なのだろう。
でも、話さずにはいられなかった。

気付いたら、泣いていた。
泣きながら話していた。
悔しかった。
生活が成り立つ範囲で、最大限の努力をしてきた。
それでもお客様からは罵倒の嵐を受け、上司に迷惑をかけてしまった。
・・・もう命を捨てる覚悟で臨まないとダメかもしれない。
とにかく辛くて、嗚咽が止まらなかった。

寝られなかった。
目を閉じたら、さっきの接待の場面に戻りそうで。
ふとプライベートのスマホを見る。
お客様からLINEが来ていた。

お客様と担当変更の挨拶でお会いした時、プライベートのLINEを交換したいと希望があった。
特に深く考えず、交換していた。

夜中の1時前と、3時過ぎにLINEが来ていた。
2通目の文面が目に焼き付いた。

やはりあなたはレスポンスが遅いのですね。
だからダメなんです。
私から連絡来たら、すぐ返信しなさい。

・・・まだ今日の仕事は終わらないのか。
色んな感情が渦巻いた。
それらを全て飲み込み、気付けば御礼と反省を返信していた。

結局1時間くらいLINEの応酬が続いた。
お客様から「もういい加減寝ましょう」と言われ、僕の今日の仕事が終わった。
時計を見たらAM4時過ぎ。
それでも全然寝れなかった。
疲れて眠いのに、目を閉じるのが怖かった。

奥歯を噛みしめ、ただただ胸が痛かった。

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