20XX年〇月△日(休職から207日目)
独身男性なのに何を言っているんだ
そう思った人もいるかもしれない。
安心してほしい。僕の話じゃない。
知人から子育てや家族の悩みを聞く機会があり、少し考えてみたんだ。
人によって子育ての考え方、方針って違うんだなって気付いた。
話を聞いてて、相談に乗りながら僕自身が学びになった。
子どもにとって一番大切なモノって何だろう。
親として、最も子供に与えるべきものって何だろう。
子育ての一番の義務って何だろう。
僕の中では答えは今現在これだと思っている。
その子自身が幸せと感じて生きられるための環境づくり
ある家庭の教育方針
同じ子供を思う気持ちでも、その考え方は変わってくる。
その家庭では奥様は過保護なくらい子供を愛している。
ちゃんと悪いことにはお説教をしながらも、子供の愛されたい欲求に忠実に応え、
子供にとって居心地の良い場所を作っている。
子供の将来を考え、どうしたらわが子が幸せになれるか真剣に考える一方、
子供の希望を尊重し、学業については干渉し過ぎないようにしている。
一方、旦那様は放任主義な教育方針。
子供は自由にさせていた方が逞しく育つと考えていて、
子供の愛されたい欲求に対しあまり忠実ではない。
しかし、子供の将来を考え、学業についてはある程度干渉する。
その子の意思は関係なく、内申点が高くないとゲーム禁止やYouTube禁止など厳しく接している。
奥様は聖母のような慈悲の愛。
旦那様は子供に嫌われるリスクもあるのに、その子の将来を考えて、敢えて厳しい愛。
どちらも子供を愛している。
だけど方針は違って、夫婦で話し合うらしい。
子育てというのは奥深いと改めて感じる。
内申点の重要性
ここで内申点について考えてみた。
なぜ旦那様は内申点にこだわるのか。
僕はおもに下記2点が理由じゃないかと思っている。
- 第一印象が良くなり周囲がプラスに働く
- より良い環境が整いやすくなる
もし内申点が悪いとどうなるだろうか。
まず担任の先生は良い顔をしないだろう。
するとご両親や子供にこんなことを言うだろう。
お子さんは本当に成績が悪いです。
それに態度も良くない。
このままでは進学に悪影響が出ますよ。
これはあくまで例だが、ポイントは2つ。
まずネガティブなことを言われやすくなる。
すると言われた相手側(両親と子供)もネガティブな感情に流されてしまいがち。
するとその後の事態もネガティブなことになることが多いと思う。
ご両親はお子さんを説教し、お子さんは嫌な気持ちになる。
その結果として良い方向に行くのは稀だろう。
大抵は感情が入り、納得感は得にくい。
最悪、お子さんは反抗的な態度を取るようになり、
もしかしたら悪い方向に流されてしまうかもしれない。
2つ目は事実より勝手に悪く見られてしまうことだ。
内申点という定量データの一種だけで、あたかも全てが悪いと思われてしまう。
先の例で「態度が悪い」と台詞があったが、もしかしたら本当は違うかもしれない。
先生が内申点だけで先入観を持っており、勝手に態度も悪くしているリスクも出てくるのだ。
一方、内申点が良ければ担任の先生は褒めてくれるだろう。
さらに先生はその子の全てが素晴らしいと錯覚するかもしれない。
その結果、先生はその子を認め優遇してくれるようになり、
先生の態度を見た周囲の人々も同じように優遇的な接し方になる。
本来は良くない面かもしれないが、残念ながら先生も周囲も感情を持つ人間だから仕方ない。
そして家に帰れば両親が褒めてくれて、ご褒美のプレゼントやご馳走が振舞われて、
家族みんながハッピーになれる。
プラスの好循環が生まれやすい。
そんな気がする。
また、内申点が良くなり、周りのサポートを得られれば、
多くの人々の経験と知見からベストな条件を教えてもらいやすくなる。
その情報から選抜し、自分の幸せに近い進路を選ぶことで、
自分にとってベストな環境で生きられるようになる。
それは凄く大きなことだと思う。
環境が人をつくる
僕は「環境が人をつくる」と思っている。
例えば、闇バイトや強盗,詐欺,性犯罪、それに準ずるもの。
僕は今のところこういったモノと縁が無い。
それは、そういった負の関係性や環境を一切持ち合わせていないからだと思う。
どうしたら犯罪に巻き込まれないか。
どうしたら不幸に見舞われないか。
勿論、運の側面もある。
しかし自己管理でリスク回避するにあたっては、
そういったリスクとの接する機会が無いように過ごすのが大切だと思う。
リスクと接する機会。
それはリスク(上記に挙げたような犯罪や不幸)の人物やコミュニティとの出会い。
そういった出会いが無ければリスクを低減できる。
じゃあどうやったらリスクの人物やコミュニティを回避しやすくなるか。
それはそういった価値観を持たない人たちとの付き合いだ。
そのためには環境が大切だと思う。
少し偏見もあるかもだが、確率論と一種の考え方としてご容赦頂きたい。
例えば、有名進学校と不良学校どちらがいいか。
やはり、有名進学校なら、同じような価値観や家庭環境の人が集まりやすく、
自然と犯罪は良くないという倫理観を養いやすい。
一方、不良学校の場合、家庭環境などの問題もあって、
もしかしたら犯罪組織とゆかりがある人物が居る可能性もある。
前にテレビでスラム街が特集されており、そこを地盤にしている反社会的勢力へのインタビューがあった。
その時の台詞はこうだった。
俺たちだって好きでこんなことをしているんじゃない。
仕方なくやるしかないんだ。
つまり、そういう環境から抜け出せなくなってしまったということだろう。
まだ子供が自立できない時期。
まだ子供が自分の価値観を探している時期。
そういう時に、その子が幸せになりやすい環境づくりをすることが、
本当に大切なことだと僕は学んだ。
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