20XX年〇月△日(休職から101日目)
今日は友人Eと友人Fに会った。
二人同時に会うのは半年ぶりだろうか?
友人Eは高校時代の同級生。
そして友人Fは、友人Eの大学の親友。
友人Eの紹介で、友人Fと知り合った。
友人E以外では全く接点が無い。
恐らく友人Eがいなければ出会うことは無かっただろう。
不思議な縁である。
思えば20代~30代前半は出会いの数に努力した時期だった。
もともとコミュ障だから理系で研究職入社だったのに、気付けば瞬く間に営業職にいた。
仕事で数千人規模の人々と交流した。
さらにはお客様とプライベートでも会い、お客様の紹介で知り合った知人も増えた。
婚活でも数百人の女性とコミュニケーションを図ってきた。
なかには異業種交流会に片足を突っ込むこともあった。
出会いの数に努力してきたなかで、嬉しい縁もあれば、辛い縁もあった。
苦い思い出もある。
でも、努力した分、意味があったと思えることもある。
- 人として成長できた
- 人を知ることができた
- 自分を知ることができた
特に自分を知ることができたからこそ、
今は新たな出会いを求めなくても良い時期だなと思えている。
いまはゆっくり休んでいい。
そう思えるのも、出会いの数に努力してきた若手時代のおかげだと思っている。
人として成長できた
営業課に異動したばかりの頃、未だ入社2年目くらいだろうか?
当時は未だ上司じゃなかったが、のちの営業課長に与えられた最初のミッション
今日中に名刺を100枚交換しろ。
コミュ障を自認している僕にとっては青ざめるミッションだった。
でも、やるしかない。
覚悟を決めてどんどん話しかけていった。
そこで分かった事。
意外とこちらが丁寧に気を配って接すれば、初対面では相手も挨拶程度は交わしてくれる。
人と話すこと・関わることに恐怖心があったけど、意外と傷付くことは少ない。
「初めまして」なのだから失うものもない。
そして、もし傷付くことがあったなら、その人とは逆にご縁が無くて良かったと安心すればいい。
初対面で傷付くような出会いの人なんて、きっとろくでもない人。
持続的な関係性なんて築けるわけないし、自分が損をし続けるだけ。
だから、早めにご縁が切れて良かったと思おう。
そして、「ああ、こういうタイプは自分には合わないんだな」と知れて良かったと思おう。
そうやって出会いの数を重ねていくうちに、さらに分かってきたこともある。
コミュ力高く見える人・リア充に見える人でも実はコミュニケーション下手な人がいること。
独りよがりで話し続ける人は意外と相手とコミュニケーション取れていなかったりする。
出会って挨拶をし、軽く雑談してから、あとはできるだけ口数少なくし黙る。
沈黙が長すぎるなと思ったら、相手の顔色と目線,挙動を伺いながら思いついた質問をする。
そうすると相手は少しずつ話してくれるようになる。
相手も話せて満足だし、僕も知ることができて満足する。
戸惑うことは多いし、自分が挙動不審になっている自覚が芽生えるけど、
それでもいいんだって飲み込むことができた気がする。
人を知ることができた
小学生の頃は自称リア充だった。
塾通いのおかげでクラス内では成績優秀だったし、
両親に感謝で運動神経もそこそこ良かった。
何より未だ人と話すことに恐怖心が無く積極的だった。
だからなのか、あの頃は男女ともに多くの友達がいた。
いま小学生時代の友人とは連絡取っていない。
中学高校時代の親友グループも今では解散状態だ。
あんだけ毎日のように遊んでいたのに、ある出来事がきっかけで疎遠になっている。
仕事で知り合った仲間やお客様も、あれだけアフター飲みに行ったりしたのに、
いまは誰からも連絡が来ない。
一方、友人Eの紹介で知り合った友人Fとはたまに連絡を取り合っている。
友人E以外での接点は無い。
でも、これからも交友を続けたいと思っている。
良いご縁って、自然と繋げ続けたいって思えるもんなんだなぁ。
意識的に繋げなきゃって思うご縁は、もしかしたら利害関係だけで良縁ではないのかもしれない。
ココロの壁に阻まれることなく、気が付けば自然に交流できている相手。
それが良縁ってやつなのかもしれない。
無理に出会わなくてもいいんだ
『オーバーワークによる適応障害』
産業医ストップがかかった後、心療内科でそう診断された。
休職して約2か月後、新たに言われた事。
『軽躁病』
頑張り過ぎですね。
人と会うこと。
遠出をすること。
これらは控えて下さい。
自分では休職してから仕事は一切していないし、ゆっくり休んでいるつもりだった。
今まで出来なかった分、旅行や交友を楽しんでいただけだった。
軽躁病と言われてから少し考える。
もしかしたら、人と会うことも自由でいいのではないか?
今まで人と会うことで人として成長出来ると思っていた。
でも20代から人と会い続けて分かってきたこと。
それは善悪に関係なく、自分に合う人と合わない人がハッキリ分かれていること。
自分と合わない人は全く違う価値観だから視野が広がるけど、
その分ドッと疲れが出る事。
自分の合う人でも、共感できることもあれば視野が広がることもあること。
それが僕にとっての答えになりつつあった。
それが分かったから、もう自分の合う人とだけ交友を深めればいいのではないか?
無理に新たな出会いを求めなくてもいいのではないか?
あとは自分独りの時間を大切にすべきじゃないか?
そう思えてきたんだ。
これも若手時代に出会いの数を努力して実践してきたからこそ腑に落ちたことだと思う。
そう思うと、努力した自分を褒めたい。
お疲れ様、僕。
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