20XX年〇月△日(休職から137日目)
時間があるなら親とじっくり話をしよう。
親には胸に秘めている思いがある。
本当は思っていること、云いたいことがあるのに、それを我慢している。
それを引き出すには聞き受けるココロが必要だ。
話をしっかり聞き受け止めるには、ココロと時間のゆとりが不可欠。
忙しかったり、仕事等で頭がいっぱいの時、親は敏感に感じ取り、話すことを辞めてしまう。
だから、休職している今こそ、親とじっくり話をしよう。
いや、親の話をじっくり聞こう。
その話で学べることは大きいはずだから。
親戚の弔事
親戚が亡くなった。
弔事に参列し、その晩は実家に帰った。
親がポツポツと昔の話をしてくれた。
思えば、親の幼少期の話を聞くことは少ない。
弔事後だから、いろいろ思うところがあったのだろう。
僕はじっくり聞くべきだと思った。
不幸中の幸い、休職中で聞く心構えの条件は整っている。
夕食後、約2時間くらい、話を聞いた。
時代背景と発展を感じる
親の辿ってきた時代は、高度経済成長期から平成。
祖父母の辿ってきた時代は、戦前戦後含む昭和が中心。
親の過去を聞くことは、そのまま時代背景を知ることになった。
特に感じたことは、日本国民は、いや人類は進歩しているということだ。
祖父母の辿ってきた時代は、「物的豊かさ重視」。
無形より有形重視。
いわゆる「食べられれば何でもいい」時代だったのだと思う。
家長の勝手な都合で人生が左右される。
僕が聞いてこう感じた。
人権や個性、自由の尊重なんて贅沢なことは言うな。
食べられるだけ感謝しろ。
そういった時代での成功者には偏った成功法則が生まれるのだろう。
- 学歴至上主義
- 氏族主義
- 男尊女卑主義
- 家父長制
僕からすると上記はあり得ない。
でも、昭和という時代背景は上記を求めていたんだと思う。
しかし、上記の偏った主義には犠牲者が生まれる。
そうすると時代の犠牲者はこう感じる。
自分の子供たちには、絶対にこんな思いはさせない。
改めて感じたのは、「子供は親を見て育つ」ということだ。
自分の親は兄弟分け隔てなく育ててくれたと思うし、
結婚や進学、就職など人生の選択は自由に決めさせてくれたと思う。
そう考えると、親から子へ、子から孫へと、人は成長し続けている。
時代は少しずつ良い方向へ移り変わっている。
そう感じたんだ。
ときには親とじっくり話そう
人類は歴史から学んでいると思う。
もともとは食べるのにも困る状況だったのが、産業革命を得て飽食になった。
その中で大量生産大量消費の時代を経て、ココロの豊かさを追求する時代になりつつある。
戦争などを経て平和や人命への尊さを意識し直すことが出来ていると思う。
親は人生の先輩だ。
親の経験、人生、教訓を聞くことは、生きる上で学びが大きいと思う。
それを聞いて、良いところは引継ぎ、悪いところは改善していく。
こうすることで、人類は少しずつ幸せを積み重ねられると思う。
だから、親と会話をしよう。
時間が出来たらじっくり話をしよう。
そうすることで、人として成長できると思うから。
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