20XX年〇月△日(休職から158日目)
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今回は「はじめての課長の教科書」を読んでみた。
本書は、中間管理職の「世界初の入門書」として累計20万部を突破した名著だ。
中間管理職のスキル・心構え・戦略について分かりやすく解説されており、
ミドルマネジメントのバイブルともいえる一冊となっている。
課長や係長(課長候補)向けの本だ。
休職して出世コースから外れた僕にとって本来ならば関係の無い内容のはず。
でも、今までプロジェクトリーダーとして働いてきて分からないことがあり、
漠然とモヤモヤした疑問を解決できるのではと思い、一読してみた。
例えば、上司や部下との関わり方。
権限と責任の線引き。
膨大な実務のなか、使命と優先順位。
自分と他者を守るバランス。
本書を読んでもすべての答えは得られていない。
でも、今までになかった視野を新たに理解することができた。
そして自分の理念に間違いはなかった、無駄ではなかったと自信を持つことができた。
組織内で末端でも上層でもなく、「ミドル」という立ち位置になり、
その心構えと意識すべきことを学べた。
同じように悩んでいる方には是非一読してみてほしい。
本書を読もうと思った動機
本書を読もうと思ったきっかけは、今現在休職していることにも関係している。
ある出来事が最も印象的だ。
休職する直前ぐらいの時期。
当時はプロパーが殆ど退職してしまい、急遽中途採用を行い、
実務が分かる人が全然いない状況だった。
営業部長、課長は僕から見ると放任主義で、多くの中途採用者が僕に相談してくれた。
その中の1名は僕からするとデキる人で、主体的かつ熱心に仕事に取り組み、
分からないことは積極的に質問・相談してきた。
なかには問題意識や不満もあり、そういった意見も教えてくれた。
ある時、その相談が90分以上かかったことがあった。
聞いている身としては実務面と心理面で課題を感じ、
その90分は必要な時間だったと思っている。
しかし、当時僕も仕事が回っておらず限界を感じていた。
それを知ってエースが助言してくれた。
90分も付き合う必要ある?
忙しいのだから、15分で切り上げなよ。
その後、僕は過労で休職している。
エースの言うことが正しかったのだろう。
でも、会社とは本来、
「社員、取引先、お客様、会社に関わる全ての人を幸せにすること」
が使命のはずだ。
会社員である以上、社員(仲間)を最大限助けるべきじゃないのだろうか?
それとも、自分を守ることを優先すべきだったのだろうか?
それが未だに答えが分からない。
そもそも過労になった要因の1つは、営業部長や課長が仕事を押し付けてきたからだ。
そうなってしまった背景には、営業部長や課長の役割が曖昧になっているからな気がする。
営業部長や課長の権限とは?責任とは?
それはどこまでの範囲なのか?
どこまでが部下への指示・委託で許されて、
どこから部下への責任転嫁となるのか?
課長とは何なのか?
中間管理職とは何なのか?
どこまでが責任と権限の範囲(線引き)なのか?
何が使命であり役割なのか?
本書を読めば、漠然とモヤモヤした悩みが晴れるのではないかと思い、手に取ってみた。
部長と課長の違い
本書を読んで学んだことは、部長と課長の大きな違いだ。
色々書いているが、特に勉強になったことを書く。
それはマネージャーとリーダーの違いだ。
リーダーは云わば経営者。部長もこちらに当てはまる。
一方、マネージャーは課長に当てはまる。
もちろんキレイに区分けされるわけでなく、
部長も課長もマネージャー要素・リーダー要素は必要だが、
比重は上記に偏る。
だからこそ、課長の最も大切な仕事は「部下のモチベーションを管理する事」だ。
部下のモチベーションを高め、維持することが最重要ミッションになる。
そのために必要になるのは、部下各人のプロフィール(性格・家庭環境・長所短所・モチベーションの源泉)を徹底的に熟知。
そして一人の人間として気にかけること。
能力だけでなく人間性に興味を示すことだ。
これを考えると、やはりあの時、中途採用者の話を90分聞き続けたのは間違いじゃなかったと思う。
マネージャーとしてやるべきことをやっていたのだ。
だからマネージャーとしての仕事をすべきなら専念できるように仕事量の調整を部長と交渉すべきだったのだ。
それが今現在感じたことだ。
一方、部長はリーダー要素に重きを置いているから、本来見るべき部下は課長のみ。
当社の場合、営業部長が全部下を見ていた。
僕や他の課員も評価し面談をしていた。
なぜか?
営業課長が放棄していたからだ。
その結果、営業部長の判断は自分が課長の仕事も実質やることを選んだのだろう。
すべては営業課長が役割を放棄し果たさなかったのが悪いのかもしれない。
なぜ成果主義が存在するのか?
成果主義に良いイメージがあるだろうか?
僕はない。
社内がギスギスし、不正の元凶になるイメージだ。
映画「七つの会議」を思い出す。
ではなぜ成果主義が流行ったのか?
その1つの答えが本書で解説されている。
それは、非正規など社内人材が多様化し、人事部や経営者が社員一人ひとりに目が行き届かなくなったから。
だから、売上のような数値で測定するようになった。
しかし、会社への貢献度は職場を明るくする能力のように重要なものに限って数値化して測定するのが難しい。
その結果、社員を熱い感情の通った人間としてでなく、
あたかも冷たい機械であるかのようにして扱ってしまう流れになる。
だからこそ、中間管理職が部下を熱い感情の通った一人の人間として評価するようになれば、
当社は成長しながら人々を幸せに出来る可能性がまだまだあるのかもしれない。
自分に足りなかったもの
本書を読んでハッキリ納得できたことがある。
それがAランク社員とBランク社員の話。
Aランク社員とは、云わばデキる社員。
エース級の社員だ。
Aランク社員は「やらなければならない仕事」だけを選び取り、その仕事だけに集中する。
「やらなければならない仕事」がない時には早く退社する。
一方、Bランク社員は普通の社員。
Bランク社員は「やった方がいい仕事」ばかりやっていつも忙しくしている。
そして「やらなければならない仕事」はAランク社員が対応しており、
Bランク社員は忙しいを理由にスキルアップが進まない。
これを読んで思った。
僕、完全にBランク社員じゃん。
一方、エースは典型的なAランク社員に思う。
エースは高い売上を出して会社に貢献している一方、
僕はゴミ当番や労働組合、社用車の管理係など多くの役割を熟してしまっている。
これが漠然とモヤモヤしていた悩みの、1つの答えだったんだ。
でも、じゃあゴミ当番や労働組合など、成果に繋がらない仕事を放棄できるかな?
多分僕には無理だ。
放棄したら、他の人が忙しいのにやらなきゃいけなくなってしまう。
じゃあ仕方なかったんだ。
じゃあいいや。
モヤモヤしていたのが、妙にスッキリした。
今までやってきたこと全てに意味がある
課長≒中間管理職の心構えやスキルを本書から学び取っていくと、
今までのことは意味があったなと改めて感じる。
例えば、「課長は部下から無駄な攻撃を受けないように、こまめに権威付けをすべき」とある。
じゃあ権威付けってどうするの?
その具体例として、学歴や資格、身だしなみがある。
要は「周りから認められていること」だ。
そう考えると、僕の出身校を話すと、多くの人が「え!?凄い!?」という。
でも僕は思う。
学歴については、本人の努力が100%じゃない。
親の教育支援があって初めて成り立つと思う。
もちろん本人の努力100%の人も少数いるだろうが、
中学高校の学費や勉強費用は親の支援って人が殆どじゃないだろうか?
そう考えると、両親のおかげで権威付け≒自己イメージ管理・自己ブランド化がイージーになっている。
本当に両親にはこころから感謝している。
また、身だしなみは友人が過去に叱ってくれて服を選んでくれたり、
色々教えてくれて今がある。
資格については会社、上司の支援で研修や成果を出すことができた。
そう考えると、今まで支えてくれた方々に感謝し、恩返し・恩送りをしていきたいと思う。
また、幅広い視野を養うために、数回しか会ったことがないような弱い絆(緩い人的ネットワーク)の形成が大切とあった。
いままで、仕事やプライベートで多種多様な人々に出会う努力をしてきた。
それにより酷いトラウマやダメージを受けることもあったが、
その努力も意味があったと理解した。
また、本書でこんな内容もあった。
「いくら儲けたのかという【収益の量】だけでなく、どのようにして儲けたのかという【収益の質】を常に問う態度が大切である。」
納期や売上額、利益額、利益率といった定量情報ばかり当社は重視しているが、
「どれだけ多くの仲間を助け、仲間から信頼を集められたか」が本来最も重要だと、本書で改めて自信を持てた。
今までやってきたことは、決して間違ってなかったんだ。
本書から、リーダーシップとは、周囲の多くの人々から「この人と一緒に仕事をしたい」と思われることだと、僕は捉えた。
そういうリーダーシップを発揮できる人間になれるよう、これからも精進していきたいと思う。
他にも本書から学び取れたことは沢山あった。
もし上記で少しでも興味を持った方は、是非一度読んでみてほしい。
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